発達障害(神経発達症)のある児童生徒について、先生方からよく聞かれる悩みの一つに、
「本人が困っていないから、なかなか問題が改善しない」という声があります。
例えば、何度指導しても行動が変わらない、平気そうな態度をとる、言い訳や開き直りが見られる
こうした様子を目にすると、「本人が困っていないことが問題」と思えてくることがあります。
このコラムでは、そうした場面をどう理解し、どのように支援につなげることができるのか考えていきます。
文部科学省の表記に従い、本コラムでは「発達障害」と記載します。
内容が理解しやすいように、理論的背景を省略しています。
詳しく学びたい方は、最後に紹介している書籍を参照願います。
このコラムは約3分で読めます。
1 「本人が困っていないこと」に悩むとき
例えば、家庭で
- 「勉強しないと後悔するよ」と保護者が言っても、「別にいい」と返事する
- 毎朝起こすことに疲れて「そろそろ自分で起きて」と言っても、まったく行動が変わらない
- ゲームのやりすぎで昼夜逆転し、「相談してみない?」と声をかけたが、「うるせー!」と返ってくる
何度言っても行動が変わらず、こちらの気持ちも伝わらないように感じるとき、
「痛い思いをしないと分からないのかもしれない」
「本人が困っていないから変わらないんだ」
このように考えて、どうしたらよいのだろうと、頭を抱えてしまうことがあります。
学校でも同じようなことがあります。
- 何度注意しても、遅刻を繰り返し、これ以上言っても響かない感じがする
- 怒りやすさが目立ち、「カウンセラーに相談してみない?」と声をかけたが、「困ってない」と拒否される
- 宿題の未提出を注意すると、言い訳を繰り返し、先生に責任を押し付ける
このように、指導しても行動が変わらなかったり、平気そうな態度だったりすると、
「反省していない」
「変わる気がない」
「本人が困っていないから進まない」
このように感じて、どう対応したらよいのか、悩むのではないかと思います。
特に「周りの児童生徒が困っている」「本人の進級や卒業が心配」といった状況では、
本人の行動変容が急がれ、先生の焦りやもどかしさも大きいのではないでしょうか。

2 「困っていないように見える」だけかも
例えば
- 困っている表情ではなく、平気そうに見える
- 「困っている」とも「悩んでいる」とも言わない
- 言い訳をしたり、話題をそらしたり、開き直ったりする
こうした様子は、「困っていない」と受け取られるものです。
しかし、発達障害のある児童生徒の場合、「困っているけれど、そう見えないだけ」ということが多くあります。
自閉スペクトラム症のある児童生徒は、「気持ち」より「理屈」を得意とすることが多く、
自分の「気持ち」を言葉や表情で表すのが苦手なため、周囲から誤解されやすい面があるのです。
また、言い訳や開き直りのような言動は、否定された経験が積み重なった結果、
自分を守るために身につけた自己防衛のかたち(強い否認)である場合も少なくありません。
例えば、「〇〇が悪い」と周囲に責任を向ける発言の裏には、
「自分は悪くない」と主張することで、自分を守ろうとする心理が隠れていることがよくあります。
そんなときは、心の中でこうつぶやいてみてください。
困っていないように見えるだけで
本当は困っているのかもしれない

3 「困っていても、どうしようもない」のかも
「困っているなら、自分でなんとかしようとするはず」
「行動が変わらないのは、本人が困っていないからだ」
こうした見方は一般的ですが、必ずしも当てはまるとは限りません。
特に、発達障害のある児童生徒の場合、
「困っていても、自分ではどうすることもできない」ことが少なくありません。
ここで、氷山モデルをイメージしてみましょう。

ここでの構造化は、提出物リストや、ファイルやボックスの習慣化など
ここでの構造化は、提出物リストや、ファイルやボックスの習慣化など
本人が「提出物を出せない」ことに困っているとしても、
水面下には、もっと大きな「本人の困りごと」があり、それが原因となっていることがあります。
例えば、「困っているなら、前日に準備して鞄に入れればいいのに」と言われても、
自分だけではそれがうまくできないのです。
これは、「本人の特性」と「環境・状況」の相互作用で生じているため、
本人の努力不足ではなく、気持ちの問題でもなく、「環境・状況」を調整が求められる場面だと考えられます。
「それなら、支援を求めてくれたらいいのに」と思われるかもしれませんが、
本人自身も、水面下の「本人の困りごと」は明確ではなく、どのような支援が必要なのか分からなかったり、
これまでの経験から、支援そのものにネガティブなイメージをもっている場合もあります。
指導しても行動が変わらない・・・
そんなときは、支援の出番です

ここまでのまとめ
- 特に発達障害のある児童生徒の場合、「困っていないように見えても、実は、本人は困っている」。そして「困っているけど、自分ではどうすることもできず、あきらめている」ことがあります
- このような状況に対応するのは簡単ではありませんが、
こんな様子の見える児童生徒から、どのように話を聴き、どうやったら支援につなげることができるかを、一緒に考えていきましょう
4 本人と対話を重ねるためのフレーズ
例えば、「宿題を提出しないこと」を指導したとき、
児童生徒から次のような反応が返ってくることがあります。
- 「あんなの意味がねぇし!」
- 「どうでもいい!マジで無理」
- 「だって、先生が悪いでしょ!」
このような言葉を聞くと、先生も黙ってはいられません。
「そんなことを言っちゃダメでしょ」
「意味があるから出してるんだよ」
「人のせいにしない!」
このように言いたくなります・・・
ところが、このような言葉を返してしまうと、その後、対話を続けるのは難しくなってしまいます。
では、どんな言葉を返したらいいのか?
おすすめは、

そんなに困っていたんだね

そう言いたくなるぐらい、我慢してたのね
本人は「困っている」「我慢している」とは言っていませんが、
本人の様子を総合的に捉えて、「困っていたんだね」「我慢していたのね」と心配するトーンで返します。
自閉スペクトラム症のある児童生徒は、「自分が困っている」のに気づくこと自体が難しい場合があります。
そのため、先生から「困っている」「我慢している」と言われると、
「えっ、自分は困っていたのか」「自分って、我慢していたのか」と考え、
自分の状態を少しずつ客観的に見つめるきっかけになることがあります。
間違い指摘反射をおさえて
「困っていたんだね」「我慢していたんだね」と返す
「間違い指摘反射」はこちら
↓ ↓ ↓


5 何が正しいかではなく、損得を話題にする
「何が正しいか」を伝えることはもちろん大切です。
しかし、相手によっては、それが「価値観の押し付け」のように感じられてしまうことがあります。
一方、「何があなたにとって得か、損か」という説明は、
提案として受け取られやすく、合理的であるため、納得や行動につながりやすいと言われています。
例えば
- 「思いやりの言葉を使うと、あなたの良さがもっと伝わるよ」
- 「清潔にしていると、友だちに好かれやすいよ。休み時間がもっと楽しくなるね」
- 「宿題を提出すると、この科目は◯点も得できるよ。半分出せば◯点アップだね」
そもそも宿題はそういうものではないという議論は、ここでは脇に置いておきます
これは、営業のセールストークと似ています。
「当たり前」のことだと感じていても、「〇〇すべき」とは指導しません。
「あなたにとって得」「それはもったいない」と伝えることで、相手は自分ごととして受け取りやすくなります。
この伝え方には、他にも次のような利点があります。
- 相手を責めている印象を与えにくい
- 本人の自己決定を尊重できる
- 前向きな対話が生まれやすい
特に、本人が好きなこと、やりたいことに絡めて、損得を伝えることができると、
より説得力のある、魅力的な提案になると思います。
ただし、「私は損得では動きません」という価値観の人に対しては、逆効果になる場合もあります。
相手が納得しやすい説明方法を選ぶことが大切です。
「社会に必要なこと」
「あなたにプラスなこと」
あなたが児童生徒なら、
どっちを話題にしたいですか?

6 肯定的メッセージで足場をつくる
例えば
- 「このままでは、あなたが困るよ」
- 「これができるようになった方が、将来のためだよ」
- 「できるように練習してみませんか?」
こうした助言は、どれだけ前向きな表現を使っても、
背景に、ある前提が隠れています。
それは・・・、「今のままではいけない」という否定です。
そのため、説得しようと口調が強まったり、同じ言葉を繰り返したりすると、
知らず知らずのうちに、相手を否定し続けてしまい、相手の自信ややる気を削いでしまうことがあります。
助言の前提には
「今のままではいけない」という否定がある
そこで大切なのは、次のような肯定的メッセージも伝えることです。
- 「〇〇できているね」「がんばっていたよね」「成長を感じるよ」
- 「助かっているよ」「それ、あなたの魅力だよね」「ありがとう」
- 「応援しているよ」「きっとできると思うよ」「いつでも頼ってほしい」
肯定的メッセージには、相手の自信ややる気を引き出す効果があります。
伝えるときのポイントは、サンドイッチ型(肯定を少し意識すること、 指導 肯定)
そして、何より大切なのは、
形式的なものではなく、本気で相手を肯定する
形式的なものではなく
本気で相手を肯定する
心からの肯定でなければ、相手には届きません。
周りの児童生徒が困っている状況でも、
「あなたの良さが伝わったらいいのに」「今は損しているよね」と、本人の”味方”になることを意識します。
自分の良い面を見てくれる先生から、「ここが成長すると、もっと良くなる」と言われることで、
「先生の気持ちに応えたい」「自分自身に期待してみようかな」という自信とやる気が生まれてくると考えられます。

まとめ
- 何度指導しても行動が変わらない、平気そうな態度をとる、言い訳や開き直りが見られる
このようなとき、「本人が困っていないことが問題」と思えてくることがあります - 発達障害のある児童生徒の場合、「困っているけど、そう見えないだけ」「困っていても、自分ではどうしようできず、それが『普通』になっている」というケースが少なくありません
- このような状況に対応するのは簡単ではありませんが、
本人と対話を重ねながら、肯定的メッセージで「あなたの味方だよ」という姿勢を示すことが大切です
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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