教員として学校現場に携わっていた頃、
「たとえ明確なエビデンスがなくても、経験的に信じずにはいられない」と感じる理論が、二つありました。
一つは「ラーニング・ピラミッド」、もう一つが、今回のテーマである「ピグマリオン効果」です。
このコラムが、児童生徒へのかかわりを振り返るきっかけとなれば幸いです。
内容が理解しやすいように、理論的背景を省略しています。
詳しく学びたい方は、最後に紹介している書籍を参照願います。
このコラムは約3分で読めます。
1 ピグマリオン効果とは
わかりやすく言えば
教師から期待されている児童生徒は
実際に成果をあげる教師から期待されている
児童生徒は
実際に成果をあげる
「児童生徒の学習成績や教室内での行動が、教師の期待する方向へと変化していく」現象です。
このため、「教師期待効果」という別名でも知られています。
ここでいう「教師の期待」とは、
「成果をあげてほしい」という願望ではなく、「この児童生徒は成果をあげるだろう」という推測に近いものです。
つまり、教師がそう信じるだけの根拠や観察があり、
実際に成果が出たときには、「やっぱり」「思ったとおりだった」と感じるような期待です。

2 ローゼンタールらの実験
ピグマリオン効果を提唱したローゼンタールとジェイコブソンが実施した、有名な実験があります。
<実験概要>
サンフランシスコのある小学校で、1〜6年生を対象に「知能テスト」を実施しました。
ただし、教師には「知能の伸びを予測するテスト」と、実際とな異なる説明がされました。
その後、各学級の担任に「これから伸びると期待できる児童」のリストが提示されます。
しかし実際には、そのリストはランダムに選ばれた児童の名簿で、テスト結果とは無関係でした。
〜8か月後〜
再び同じ「知能テスト」を実施したところ、
特に低学年で、リストに名前のあった児童の知能が大きく伸びていることが確認されました。
この実験は世界的に注目を集めた一方で、次のような疑問や批判も寄せられました。
- 本当に教師が期待を寄せたかどうかが、明確でない
- 統計的に有意な差があったのは、小学1・2年生のみ
現場感覚としても、
「毎日児童に会っているのに、リストを見ただけで本当に信じるのか?」
「教師は、もっと複雑なことを考えて、児童に対応しているのでは?」
と感じる先生も多いかもしれません。

実験には批判がありましたが、「ピグマリオン効果」は世界的に大きな反響を呼び、その後も数多くの研究が報告されています。
おそらく、その背景には、理論そのものが教育現場の実感と結びついており、
多くの教師にとって、納得感や説得力があったからではないかと考えられます。
3 なぜ 効果が出るのか?
一連の研究によれば、
教師は「期待を寄せる児童生徒」に対して、次のような行動を取る傾向があるとされています。
- 正答に対して、肯定的なフィードバックが多い
- 指名したとき、児童生徒が発言するまで待つ時間が長い
- 質問を繰り返したり、わかりやすく言い換えたり、ヒントを出すことが多い
- 微笑んだり、うなずいたり、アイコンタクトすることが多い
つまり、教師の「期待」は、無意識のうちに行動として現れていたということです。
そして、これらの行動が3つのルートを通じて、児童生徒の成果に結びつくと考えられています。
- 教師の行動が、児童生徒への良質な指導となる
- 教師の行動を児童生徒が認知し、「期待に応えたい」と考え、動機づけが高まる
- 教師の行動を児童生徒が認知すると、自分自身に期待するようになり(自己効力感)、動機づけが高まる
これらのメカニズムを読んで、どのような感想をお持ちになりますか?
・・・
例えば
「優れた先生が、普段から意図的に行なっている指導と同じなのでは?」
「”期待”という要素は、必ずしも重要ではない?」
「現代の教師の指導力を、なめないでほしい(ちなみに実験は1964年)」
・・・ちょっと言いすぎました(笑)。
つまり、「ピグマリオン効果」は
不思議な現象ではなく
教師の良質な指導とその効果
上記の行動をまねることで、同様の効果が期待できると考えられます。
もちろん、「教師の期待の有無が行動に影響する」と言われれば、確かにそうかもしれません。
しかし、「すべての児童生徒に対して、根拠もなく等しく期待を持て」と言われても、それは現実的ではありません。
具体的な行動レベルで何を意識し、どう実践するかが、日々の教育活動において重要なのだと思います。
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4 教育現場で、どう活かすか?
(1)態度や声かけで、意図的に「期待」を伝える
「本当に期待しているかどうか」にこだわらず、
意図的に『期待している』というメッセージを伝えることが大切です。
例えば
態度の例:
- あたたかい笑顔を向ける
- アイコンタクトや深いうなずき
- 小さな変化や成長にも気づく
- サポート(ヒント・言い換え・再質問)をして、じっくり待つ
- 誤答にも価値を見出し、肯定的に扱う
- 意見を学級全体で取り上げる
- たくさん声をかける
声かけの例:
- 「あなたなら、きっとがんばれるよ!」
- 「失敗してもいいんだよ。やってみよう」
- 「前より良くなったよ。がんばったね」
- 「たまたま運が悪かっただけ。大丈夫」
- 「あなたの考えを聞かせて」
- 「あなたに任せてよかった」
- 「いつもあなたのおかげで助かっているよ」
職場に、こんな上司がいてくれたら・・・と思ってしまうのは、私だけでしょうか?
こうした言葉や態度を受け取った児童生徒の気持ちを想像すると、幸せな学校生活が思い浮かびます。
教師は役者、ときに演じながら
児童生徒の心に火をともす
「過度の期待」にご注意
同じ「期待しているよ」という言葉でも、その児童生徒が信頼を感じるか、義務を感じるかは、
児童生徒との関係性や、教師の表情、言い方で大きく変わります。
先ほどの態度と声かけの例は、以下のポイントを意識したものです。
- 結果ではなく過程を重視する
- 失敗を受け入れる
- 理想を押しつけない
- 安心感を重視する
- サポートを欠かさない
また、何を期待するかは、児童生徒一人ひとりによって異なることを考慮する必要があります。

(2)認知バイアスの「呪い」に気をつける
教師の期待には、ときに思い込みがつきまとうこともあります。
期待する児童生徒が成果を出す
「やっぱり能力がある」
期待していない児童生徒が成果を出す
「たまたま運が良かっただけ」
また、人は自分の仮説に合致する情報を優先的に記憶・認識する傾向(確証バイアス)があります。
例えば、「感情のコントロールが苦手」と見ている児童生徒について、
ノートを投げた場面は強く記憶に残る一方、隣の席の人に消しゴムを貸していた場面は見落とされやすいのです。
このようなバイアスが無意識に働くと、
「やっぱりダメだった」「いつまでたっても変わらない」「また、やったよ」
といった捉え方につながり、
それが教師の行動にも影響し、結果としてその児童生徒の成果を下げてしまうことがあります。
これは「ゴーレム効果」と呼ばれ、ピグマリオン効果の逆の現象です。
提唱者は、同じくローゼンタール
無意識のうちにかけてしまう「呪い」から、児童生徒を守るためにも、
ときどき立ち止まり、自分の見方が偏っていないかを振り返る習慣が大切です。
ピグマリオン、ゴーレム
昔の心理学者はおしゃれです
影響を受けて「呪い」と書きました…

ピグマリオン効果は、決して「不思議な現象」ではありません。
児童生徒の可能性を引き出すために、日々のかかわりで丁寧に発達を支えていく…
そんな教育の原点を思い出させてくれる理論です。
まとめ
- 「ピグマリオン効果」は、実験に対する疑問や批判があるものの、その理論自体は教育現場での実感と深く結びついている
- 効果が生まれる背景には、教師による良質な指導と、その行動を受け取った児童生徒の内的な変化(自己効力感、動機づけ)の存在がある
- 「本当に期待しているかどうか」にこだわるのではなく、意図的に『期待している』というメッセージを伝えることが大切である
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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