注意しても同じことを繰り返す、やるべきことができない、対人トラブルが続く・・・
このような児童生徒に、戸惑ったり、イライラしたりすることはありませんか?
「困ったものだ・・・」とため息をついたとき、ぜひ考えていただきたいのは、背景にある「本人が困っていること」です。
このコラムでは、発達障害(神経発達症)のある児童生徒を理解するうえで役立つ視点を解説します。
文部科学省の表記に従い、本コラムでは「発達障害」と記載します。
内容が理解しやすいように、理論的背景を省略しています。
詳しく学びたい方は、最後に紹介している書籍を参照願います。
このコラムは約3分で読めます。
1 氷山モデル
発達障害のある人を理解する視点として、よく用いられるのが「氷山モデル」です。

ここでの構造化は、提出物リストや、ファイルやボックスの習慣化など
ここでの構造化は、提出物リストや、ファイルやボックスの習慣化など
水面上に見えているのは「困った行動」です。
これを指導するときに大切なのは、水面下に隠れている「本人の困りごと」に目を向け、理解し、支援することです。
なぜなら、多くの場合、「困った行動」が起きる理由は、「本人の困りごと」にあるからです。

しかし、水面下の「本人の困りごと」は、意識して見ようとしなければ、なかなか見えてきません。
まずは、その「見ようとする意識」について、一緒に考えていきましょう。
2 「できる」と「できない」の間
あなたには、これまでの人生で「がんばってもどうしても難しかったこと」はありますか?
そして、そのことで「どうしてできないの?」と責められたり、悔しい思いをしたことはありますか?
そのような苦しい経験は、発達障害のある児童生徒の気持ちを想像するヒントになります。
発達障害の診断を受けて「ほっとした」と話す児童生徒は少なくありません。
なぜ診断を受けると、ほっとするのでしょうか?
それは、これまで「我慢が足りない」「努力が足りない」と言われ、自分を責めてきた児童生徒にとって、
「我慢不足でも努力不足でもなかった」と証明されるからです。
「がんばっても難しいこと」を無理に求められるのは、とても苦しく、追い詰められる経験です。
先ほどの質問に「ある」と答えた方なら、その気持ちを少し想像できるのではないでしょうか。
児童精神科医の吉川徹先生(あいち発達障害者支援センター副センター長)は、次のように言っています。
発達障害のある方に関して
「何かができるかできないか」っていうことだけで見ると、見誤るんですね。
「できる」と「できない」の間に「できるけど疲れる」ことがたくさんある。
全くできないわけではなく、ときにはできることもある。
だから、周囲から「できるじゃないか」「もっと努力して」「もっと我慢して」と言われてしまいます。
「できない」ではないけど
「とても疲れる」ことがある
この視点をもつことで、児童生徒の気持ちを想像するヒントが、さらに増やせるのではないでしょうか。
きっとあなたにも、「できるけど、とても疲れること」があるはずです。

3 自分だけが空を飛べない世界
これは、少し極端な例え話ですが、
「ほとんどの人が空を飛べる世界」に生まれたと想像してみてください。
多くの人が当たり前のように空を飛び、それが「普通」になっています。
しかし、あなたは生まれつき飛ぶのがとても苦手です。
他の人は5歳で20メートルでも飛べるのに、あなたは1メートル飛ぶのがやっとです。
やがて、あなたは診断を受けます。
「飛行能力欠如障害(Flight Disorder)」
見た目は他の人と変わらないため、
「努力が足りないんじゃないか」「もっと練習しなさい」と繰り返し指導されます。
通っている小学校は10階建てです。
でも、この学校にはエレベーターがありません。
あなたは毎日、階段を上るしかなく、そのたびにくたくたになります。
そんなあなたに、理解の乏しい先生は言います。
「注意しても遅刻ばかり」「授業に集中できていない」と。
この社会は、あなたにとって、生きているだけでとても疲れる場所です・・・。
これは、発達障害の一側面を想像していただくためのファンタジーです。
マジョリティ(多数派)に合わせて作られた社会で暮らす、マイノリティ(少数派)の気持ちを、少しでも感じてもらえたらうれしいです。
「我慢が足りないんじゃないか?」「努力が不足しているんじゃないか?」
いえいえ、発達障害のある人は、
マジョリティに合わせて
作られた社会で
ずっと我慢し、ずっと努力を
続けています
「みんなも我慢しているんだから、あなたも我慢しなさい」という言葉を聞いたときは、
「みんなは、発達障害がある人ほど我慢していませんよ」と返してあげてください。

この物語は、「障害とは本人の問題ではなく、社会のあり方によって生まれる」という
「障害の社会モデル」を考えるきっかけにもなります。
「障害の社会モデル」はこちら
↓ ↓ ↓

ここまでのまとめ
- 先生ご自身の「がんばっても難しい」「できるけど、とても疲れる」という経験が、発達障害のある児童生徒の気持ちを想像するヒントになる
- 多くを占める人に合わせて作られた社会で、発達障害のある人は、ずっと我慢し、ずっと努力している(これは発達障害に限らず、マイノリティに共通する)
こうした感情的な理解が、「本人の困りごと」を理解しようとする姿勢につながるのではないかと思います。
次は、水面下の「本人の困りごと」をどう理解するか、その視点について一緒に考えていきましょう。
4 n=1
例えば
- Aさんは、「椅子を引きずる音」や「窓から差し込む強い光」を嫌がります
- Bさんは、机上や机の中、かばんの中が乱雑で、物をなくすことが多いです
- Cさんは、知的能力は低くないが、書くことにとても時間がかかります
こうした児童生徒について、
- Aさんは感覚過敏があるのかもしれない
- BさんはADHD傾向があるのかもしれない
- Cさんは限局性学習障害(SLD)があるのかもしれない
と想像するには、発達障害に関する知識が欠かせません。
感覚過敏は、発達障害に特有のものとは限りません。
一方で、「自閉スペクトラム症は〇〇」「ADHDは〇〇」といった一般化は、
すべての人には当てはまるわけではありません。
例えば
- 自閉スペクトラム症の児童生徒は、全員が視覚優位である
聴覚優位の人もたくさんいます - 自閉スペクトラム症の児童生徒は、空気が読めない
空気を読みすぎて疲れている人もたくさんいます
つまり、診断名だけでその人を理解することはできません。
「一人ひとり違う」ということが大前提です。
そのため、「本人の困りごと」を理解するためには、
発達障害に関する知識を持ちながら、一人ひとりを丁寧に理解していく姿勢が必要になります。
これを一言でまとめると、
その児童生徒の研究者になる
研究対象が1人なので、「n=1(エヌ・イコール・イチ)」です。
nは調査のサンプル数を指し、たとえば3000人調査ならn=3000です)。
研究者は、決めつけることをしません。
過去の経験から「この児童生徒も同じだろう」と考えることもしません。
「こうすればいい」と断定することもしません。
本人の言葉に耳を傾け、行動をじっくりと観察し、試行錯誤を繰り返しながら理解を深めていきます。
発達障害の特性に限らず、本人の「得意なこと」「好きなこと」にも目を向け、
本人に合わせたセミオーダーの支援を探っていきます。
そうして研究を続けた先に、あなたはきっと「その児童生徒の専門家」になっていると思います。

ここまでのまとめ
- 特別支援教育は「個別支援教育」であるため、児童生徒一人ひとりが違うことが大前提となる
- 発達障害について学術的に学ぶことと、児童生徒について実務的に学ぶことが大切になる
それでは最後に、テーマのまとめです。
まとめ:一緒に「問題」を解決する
このコラムのテーマは、「困った人は困っている人」でした。
では、この言葉を意識することは、
生徒指導や教育相談の場面で、どのような意味や効果があるのでしょうか。
先生がこの捉え方をもつことで、一旦立ち止まり、冷静になることができます。
例えば、いじめ加害などの問題行動があった場合でも、
本人の困りごとを聴こうとする姿勢を保てるので、本人を責めるようなNG対応を避けることができます。
これは同時に、「問題児」「怠け者」といったレッテル貼りを予防することにもつながります。
「氷山モデル」の見えない部分に目を向ける姿勢です。
「本人は何に困っているんだろう?」という問いは、
周りの人が、本人の立場に立って考えるための魔法の質問です。
遠回りに感じる先生もいらっしゃるかもしれませんが、
これこそが「アセスメントに基づいた支援」という、生徒指導の基本に立ち返る方法なのではないでしょうか。
この視点の変化は、児童生徒と先生の関係性にも大きな影響を与えます。

「困った人」と捉えると
児童生徒に「問題」があると見なしやすい
(対立構造が生まれやすい)

「困っている人」と捉えると
児童生徒も「問題」に困っている側になる
(協働関係が築きやすい)
心理臨床では、これを「問題の外在化(がいざいか)」と呼びます。
「困った人は困っている人」という言葉は、昔からよく言われてきた言葉ですが、
現代のように「配慮」が重視されている生徒指導の場面では、その必要性がますます高まっているのかもしれません。

この流れで・・・、次回のテーマは「本人が困っていない」です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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